WOODY PUDDY

社長ブログ

ウッディプッディ物語⑰ 最初の試練

初めての注文、そして最初の試練

「やった!万歳!」

初めての注文をいただいた日、
社内は小さなお祭りのようでした。

数量は決して多くありません。
しかし、あの展示会から始まった営業活動が
ついに実を結んだのです。

すぐに工場へ連絡し、生産の手配を進めました。
「これからウッディプッディが広がっていく。」
そんな期待で胸がいっぱいでした。

ところが――

大きな問題にぶつかります。

出荷前の検品の最中でした。

違和感に気づき、商品を確認すると――

JANコードが違う。

よく見ると、
他社のJANコードが印字されている。

一瞬、頭が真っ白になりました。

これは単なるミスではありません。
致命的な間違いです。

すぐに東京へ向かいました。
逃げるわけにはいきません。

問屋の担当者に、
正直にすべてを伝えました。

すると――

「今さら何を言っているんですか。」
「もう商品登録も終わっているし、お客様にも案内済みです。」
「こんな間違いは前代未聞ですよ……」

厳しい言葉が続きました。

当然です。
言い訳はできません。

ただ、ひたすら頭を下げました。

「申し訳ありません。」

情けない。
本当に情けない。

悔しさと申し訳なさで、
涙が出そうになりました。

しかし、こういう時にできることは一つです。

ひたすら、誠意をもって謝ること。

長年の経験の中で、
体に染みついている感覚でした。

しばらくして、
ようやく担当者の方も理解を示してくださり、

すでに登録されていたJANコードを
すべて修正し直していただくことに。

本来ならあり得ない、
大きな手間をかけてしまいました。

倉庫にある商品もすべて回収し、
正しいJANコードへ貼り替え。

そして、ようやく出荷。

なんとか形にはなりましたが――

心の中は複雑でした。

「これで本当にやっていけるのか……」

慣れないビジネスの怖さを、
身をもって思い知りました。

穴があったら入りたい、とはまさにこのことです。

しかし――

問題は、これだけでは終わりませんでした。

ウッディプッディの試練は
まだまだ続きます。

次に待っていたのは――

ウッディプッディ物語⑯ はじめての注文

展示会が終わり、会社に戻ると、机の上には大量の名刺が並んでいました。
まるで戦いの後に残された戦利品のようです。

「さて、ここからが本当の勝負だ。」

まずは名刺を業種別に丁寧に分けました。
メーカー、問屋、量販店、小売店、雑貨店……。

そして社員5人ほどで手分けをして、
展示会にお立ち寄りいただいたお礼の電話を一本一本かけていきました。

ところが――

展示会の会場では
「これは面白いですね!」
「ぜひ検討します!」
と笑顔で話してくださっていた方々の多くが、

電話では意外にもそっけない返事。

「また機会があれば…」
「今は予定がなくて…」

……あれ?
展示会でのあの反応は何だったのだろう。

正直、少し肩の力が抜けました。
商売とはなかなか思い通りにはいかないものです。

しかし、そんな中で一社だけ、
とても前向きな反応をくださる会社がありました。

それが 大手の玩具問屋さん でした。

販売ルートも広く、影響力も大きい会社です。
「ここだ。」

私たちは、この問屋さんに的を絞って営業活動を進めることに決めました。

早速アポイントを取り、本社を訪問。
担当の方に商品を見ていただくと、
一番強い反応があったのがままごとシリーズ でした。

当時、ままごと玩具の多くは
マジックテープで食材を切る仕組みでした。

しかしウッディプッディは違いました。

マグネット(磁石)方式

マジックテープは、使えば使うほど劣化します。
しかし磁石は劣化しにくく、長く遊べる。

そして何より――

包丁で食材を切ったときの
「カチッ」という小気味よい音。

子どもたちが何度も切りたくなる、
そんな気持ちよさがありました。

デザインも美しく、木の温もりがある。
担当者の方も何度も手に取ってくださいました。

そしてついに――

「では、まず少量ですがやってみましょう。」

初めての発注。

電話を切った後、
社内では思わず声が上がりました。

「やった!万歳!」

小さな注文でした。
でも、それはウッディプッディにとって
大きな大きな一歩でした。

しかし――

喜びは長くは続きませんでした。

このあと、
思いもしなかった 次の試練 が待っていたのです。

ウッディプッディ物語⑮ 381枚の名刺 ― 次の戦い

名刺381枚 ― 次の戦い

東京ギフトショー4日間の展示会が終わりました。

正直、最初はどうなることかと思いました。
人生で初めての展示会。
周りはすべて知らない会社。
知らない人ばかり。

まるで大海原に小さな船で出たような気分でした。

しかし、ふたを開けてみると――
予想もしなかったことが起こりました。

4日間で集まった名刺。

381枚。

百貨店。
大手量販店。
雑貨専門店。
問屋。
全国の小売店。

六甲アイランドの店舗では決して出会えないような方々と、
次々と名刺交換をしていきました。

「これは面白いですね」
「このままごと、他と違いますね」
「木なのがいいですね」

そして多くの方が手に取ったのは、やはりままごとシリーズ でした。

理由ははっきりしていました。

磁石(マグネット)です。

当時のままごとは、ほとんどがマジックテープ。
ところがウッディプッディは磁石。

包丁で切ると

「カチッ」

この感触が違う。

切れ味が美しい。
ゴミがつかない。
長く使える。

展示会の来場者は、この違いをすぐに感じ取りました。

つまり――

多くの人を引きつけたのは
たった一つの違いだったのです。

展示会のブースでは、
「かわいいですね」
「これ売れますよ」
という声が何度も聞こえました。

六甲アイランドの店舗とは、まったく違う世界でした。

嬉しい悲鳴です。

しかし、展示会が終わった帰りの新幹線で私は別のことを考えていました。

机の上には381枚の名刺

「さて、これをどうするか?」

展示会は終わった。

しかし――

本当の仕事は、ここから始まる。

電話か。
手紙か。
訪問か。

どうやってフォローするか。

この一手を間違えると、
すべてが消えてしまう。

私は名刺を一枚一枚見ながら、
次のアクションを考え続けていました。

ウッディプッディにとって、次の勝負が始まろうとしていました。

ウッディプッディ物語⑭ 東京ギフトショー -日本最大の展示会-

日本最大の展示会 東京ギフトショー

2006年9月。

起死回生をかけて、私たちは東京へ向かいました。
目的は、日本最大の雑貨展示会。

東京インターナショナル・ギフトショー。

会場は東京ビッグサイト。

初めてその会場に立ったとき、
正直、言葉を失いました。

とにかく広い。

人、人、人。
出展社のブースが無数に並び、
まるで一つの「街」のようです。

「こんなところで、うちの商品が売れるのか?」

不安が一気に押し寄せました。

私たちは、社員5〜6人。
借りたブースは3小間。

荷物をトラックで運び込み、
みんなで汗だくになりながら展示を作ります。

木の家具。
木のおもちゃ。
そして、ままごとシリーズ。

決して派手な商品ではありません。

周りを見ると、
カラフルな商品、派手なデザイン、
巨大なブースの会社もたくさんあります。

正直、少し弱気になりました。

「大丈夫だろうか…」

しかし、もう後戻りはできません。

ウッディプッディにとってこの展示会は

「生き残るための戦い」

だったのです。

いよいよ、展示会初日の朝。

開場のアナウンスが流れ、
会場の扉が開きました。

そして――

思いもしなかったことが、
ここから起こり始めます。

ウッディプッディ物語⑬ オープンから2か月―現実という波

オープンから2か月。

オープンから2か月。

あの熱気は、もうありません。

六甲アイランドや近隣のご家族が、
お子さんを連れて遊びに来てくださる。
それは本当にありがたいことでした。

でも――

オープン初日のあの人波は、
まるで幻だったかのように消えていました。

平日の売上、3万円。
土日で15万円前後。
月商は100万から多くて150万円。

家賃と電気代で、ほぼ終わり。

つまり、大赤字。

「これで、いつまで持つのか?」

毎日がその計算でした。

通帳の残高は、
ジェットコースターのように減っていく。
いや、ジェットコースターならまた上がりますが、
これは下がる一方。

底は、もうすぐそこかもしれない。

夜、眠れません。

天井を見ながら、
頭の中では数字だけが回り続けます。

周囲からは言われました。

「計画性のない社長やな。」

ぐうの音も出ません。

しかも、店舗契約は10年以上残っている。
契約は守らなければならない。

金融機関からは説明を求められる。

逃げたい。

どこか遠くへ消えてしまいたい。

正直、そう思いました。

でも――

私はヨット部出身です。

海の上で、
嵐が来たからといって船長が逃げることはできない。

船長は最後まで舵を握る。
乗組員を守る。

会社も同じです。

社長は社員を守らねばならない。

しかし、この状態では守れない。

まさに四面楚歌。

身動きが取れない。

このまま近隣顧客だけでは、
商売は絶対に軌道に乗らない。

阪神間の外に出なければならない。

「外へ出るしかない。」

そこで決断します。

東京へ。

起死回生をかけて、
東京ビッグサイトで開かれる
東京ギフトショーに初出展する。

時は9月初旬。

荷物をトラックに積み込み、
社員5〜6人で上京。

3小間を借りて、勝負。

後がない。

もしここでダメなら――
本当に終わるかもしれない。

恐怖と不安を抱えながら、
私たちは東京へ向かいました。

さて、この賭けは吉と出るか、凶と出るか。

物語は、ここから大きく動き始めます。

ウッディプッディ物語⑫ 2026年2月26日 快晴

2026年2月26日。

空は、驚くほどの快晴です。

ふと気づきました。
2006年2月26日――あのオープンの日も、同じように晴れていたのです。

偶然でしょうか。
それとも、何かのご縁でしょうか。

20年前の朝、
私たちは緊張でいっぱいでした。
晴れていることに気づく余裕すらなかったかもしれません。

そして今日。
同じ2月26日、同じ快晴の空の下で、
20年前の映像を見返しています。

カメラは少し揺れ、
画質も決してきれいではありません。
でも、そこには確かに

・若い社員たちの真剣な表情
・お客様が店内に入ってくる瞬間の高揚
・そして、どこか落ち着かない私の姿

が映っています。

「ああ、本当にここから始まったのだな」

そう思える記録です。

この映像を、いま皆様にお見せできること。
それは会社にとっても、私にとっても、大きな喜びです。

20年続けられたことは、奇跡ではありません。
支えてくださった方々の積み重ねの結果です。

今日のこの快晴の空のように、
これからも澄んだ気持ちで歩んでいきたいと思います。

どうぞご覧ください。
20年前の、はじまりの日を。

感謝。

続く→