現役保育士に聞く「レッジョエミリアアプローチ」 Vol.4 (終)

働くお父さん・お母さんに優しい保育園であるために

 
- エミリアプリスクールの看板には「企業主導型保育施設」と記載されていますが、これはどういったものなのでしょうか?
 
山東 「企業主導型保育施設」とは、その名の通り企業が運営する保育施設です。子どものいる従業員を支援するための国の助成制度ですが、従業員に限らず、この地域の方が入園することももちろん可能です。私たちの場合は、上の階にある「聖栄歯科医院」が運営する保育園となります。
 
 
- なぜその助成制度を取り入れた保育園にしようと思ったのですか?
 
山東 理由の一つは、母体である歯科医院のスタッフに対する支援です。スタッフのほとんどが女性なので、自社に保育施設があると、良い人材が産休後・育休後もそのまま働けるし、子どもと一緒に出勤ができるなら、子育てを理由に仕事の現場から離れる方にも、復帰するきっかけを与えられるのではないかと思いました。
 
 そしてもう一つは、レッジョエミリアアプローチに関心のある方に、質の高い保育を提供したいという強い思いがあるからです。現在の日本において、レッジョエミリアアプローチをベースとした保育施設のほとんどが認可外、つまり保育料が通常の保育園と比べて格段に高くなります。そうなると、どうしても利用できる層が限られてしまいます。
 
 制度上、このエミリアプリスクールも認可外保育園に該当しますが、この助成制度によって、利用者の負担をより軽減することができます。
 
 
-  レッジョエミリアアプローチは一般的な保育園に比べて、生徒一人当たりの先生が多いとおっしゃっていましたね。そういった面でも、まだ日本では十分に定着していないのでしょうか。
 
山東 うちの園は保育士の配置を手厚くしていますが、いまの日本の平均的な保育配置、配置人数では、どうしても子どもたちを一斉に保育しなければならないため、一対一で過ごす時間を確保することが難しいです。企業主導型保育施設という助成制度によって、一人でも多くの方にレッジョエミリアアプローチがあることを知ってほしいと考えます。

保育士として、一人一人の子どもに向き合える喜び

 
- 平野さんはこちらで長年保育士として勤めていらっしゃいますが、ここ以外の保育施設に勤務されたご経験はあるのでしょうか?
 
山東 平野さんは保育士として長年エミリアプリスクールに勤めていますが、かつてはこことは違う大きな幼稚園に勤めていました。30人以上いるクラスを一人でまとめていたので、こことは真逆の環境だったと思います。
 
平野 当時の私は一言でいうと、プレッシャーと疑問に苛まれる日々でした。子どもたちと過ごす楽しさに変わりはありません。ですが、以前の幼稚園は園児に対する先生の数が少ないため、みんなが同じ行動をとるよう取りまとめる「一斉保育」が主流でした。
 
 大人数を少人数で見ることで精一杯な日々を過ごすうち、「子どもたちと向き合えているのかな?大人(自分)の満足で終わってしまっていなかな?」という悩みが湧いてきました。
 
 当時を振り返ると、子どもたち一人一人に十分向き合うことができなかったなと思います。
 
 
― そのような経験を経て、エミリアプリスクールに来た時はどんな心境でしたか?
 
平野 私は「大人が子どもに指示を出す」ことが当たり前の世界から来たので、絵美代さん(山東さん)と出会ってここで働くことになった時、始めはかなり戸惑っていました。子どもたちの反応があるまで、じっと待つ。静かに観察する。
 
 いくら先生が他にもいるとはいえ、ひとりひとりの子どもにこんなに時間をかけていていいのかな?って、ずっと不安でした。
 
 
- レッジョエミリアアプローチで大切にしている「観察」に、始めのうちは馴染めていなかったんですね。
 
平野 そうです。ですが、徐々に何かがわかってくるような感じがしました。シーンと黙っているように見えていた子が、黙々と考え事をしたり記憶を辿って何かを思い出そうとしていたり、複数で遊ぶ子どもたちが、実はそれぞれ違う遊びを楽しんでいたり。少しずつですが、観察を通して子どもたちの見ている景色が見えてくるようになったんです。
 
 
- 以前抱えていた「一対一で過ごす時間がとれない」というもどかしさが、ここで解消されたんですね。
 
平野 それに、ここでは担任以外の先生はもちろん、園長先生、キッチンのスタッフ、事務のスタッフまで、みんなで一緒に遊んでたくさんかかわりを持ってくれます。子どもたちの発見を見逃さないように「もう少しこの子と過ごしてたいな」と思ったら、ほかの子どもへの手が足りなければ声をかけあい、先生たちみんなで子どもの可能性を伸ばしてあげる体制を整えています。
 
 「子どもの個性を伸ばす」という基本姿勢にもとづいた先生やスタッフの関係性がしっかりと保たれているので、目の前の子どもにしっかりと集中できるんです。

子どもも、先生も、自分らしくいられる保育園

 
― 平野さんのお子さんもこちらに通っていらっしゃると伺いました。
 
平野 そうですね。実は私の娘も5カ月の頃から、ここに通っています。
 
 
- レッジョエミリアアプローチに出会ったことで、自身の子育てについて価値観の変化はありましたか?
 
平野 おやすみ日にこことは別の園に通うご近所さんたちと一緒に公園に出かけたのですが、みんなが遊具やおもちゃで遊ぶ中、うちの子だけ木の枝やお花で遊んでいたんです。ですが、エミリアプリスクールで様々な子どもたちと触れ合うことができたおかげか、「あーうちの子は自然が好きなんだなぁ」と、ありのままの娘の姿を見守ることが出来ました。
 
 一斉保育が当たり前の環境で働いていたかつての私なら「うちの子は、どうして周りと違う遊びをするんだろう…」と不安に駆られていたかもしれませんね。
 
 
- 先ほどおっしゃった、違いを尊重できる感覚でしょうか。
 
平野 そうですね。私自身もここの保育園で働きだしてから、家族や友人に「変わったね」とよく言われました。かつては教本やカリキュラムの内容にがんじがらめになって、「これができないとだめだ!」と常に自分を責めたり、追い込んだりしていました。
 
 ですがエミリアプリスクールでの日々を通して「子どもには決まった正解なんてないんだ」と気づきました。好きになることも、タイミングも、人それぞれ。それを先生たちが見つけて、発展する手助けをして、保護者の方と一緒に子どもたちの成長を心から喜べる。
 
 一人の保育士として、一人の母親として、ほんとに幸せだなと思います。えみよさん(山東さん)と出会えたこと、そしてここに来れたこと、本当に感謝しています。
 
 
- レッジョエミリアアプローチは、子どもだけでなく大人にとってもいろんな発見があるんですね。
 

山東 決められた道を辿ることが求められるこれまでの時代とは異なり、これからの時代は自ら道を作っていくことが求められます。ここに通う子どもたちには、自分なりの考えや意見を持って行動できる大人になってほしいと思いますし、レッジョエミリアアプローチにはそれができると信じています。

 

 ただそのためには、大人である私たちも同じく、自分の思いを持って対話できる環境作りが大切です。エミリアプリスクールは、育てる側も、育てられる側も、自分らしくいられる環境であり続けたいです。

 
平野 私がここで感じた喜びを、この園に来てくれているみなさんと、これからこの園に来てくれるみなさんにお届けできるよう、これからも頑張りたいと思います。
 

インタビューを終えて

 インタビューさせていただくにあたり、事前にレッジョエミリアアプローチの概要や歴史についてある程度調べてきましたが、それを具体的にどのように実践するのかは、お話を聞くまでわかりませんでした。
 
 ですがいざお話を伺うと、レッジョエミリアアプローチに特別な知識や道具は必要なく、基本的なことは、いつでも、どこでも、そして誰もが実践できることばかりでした。
 
 私たちが普段何気なくしていることや、少し意識すればできること、そんな基本の中に教育の本質があることを教えてくれました。
 
 とはいえ、何事も言うは易し、行うは難し。かつての平野さんがそうだったように、戸惑うこともあるかもしれませんが、そこは子どもと大人が二人三脚で進むことができれば良いのかもしれません。
 
 このインタビューによって一人でも多くの方に、レッジョエミリアアプローチや、エミリアプリスクールの取り組みに関心を持っていただければ幸いです。最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
 
 

 
ご協力:山東・平野(エミリアプリスクール)
インタビュー:進藤匡史(ウッディプッディ)
撮影・編集・タイトル:平子涼(ウッディプッディ)

企業主導型保育事業:エミリアプリスクール

https://emilia-preschool.com/

この記事をシェアする:

Facebook
Twitter