現役保育士に聞く「レッジョエミリアアプローチ」 Vol.1


個性や多様性の尊重が叫ばれる昨今ですが、すでに1960年代のイタリアでは、子どもの個性に着目した「レッジョエミリアプローチ」が確立しつつありました。あまり聞き慣れないその名前からは「難しい規律がたくさんありそう」「お金がたくさんかかりそう」といった印象を抱く方もいるかもしれません。

ですが、私たちの何気ない生活の中でもできること…いや、すでにみなさんが普段何げなく行なっているであろうことの数々が、レッジョエミリアアプローチでは大切にされています。

今回私たちは、神戸市中央区にある保育施設『エミリアプリスクール』にて、代表の山東さんと保育士の平野さんに、レッジョエミリアアプローチについて、そして本施設で具体的に行っている保育の様子についてお話を伺ってきました。

そもそも「レッジョエミリアアプローチ」とは?

 
「レッジョエミリアアプローチ」とは、「子どもの無限の可能性」を伸ばすことを大切にしている独自の教育アプローチ。1991年にアメリカのニュース雑誌『ニューズウィーク』にて「国際的な幼児教育のロールモデル」として取り上げられ、ディズニーやグーグルの社内保育施設でも採用されるなど、近年世界的な注目を集めています。
 
発祥はイタリア北部の町レッジョ・エミリア。第二次対戦後、半壊した街で市民が一体となって行動し幼稚園を建設したことに端を発します。以降、教育者のローリス・マラグッツィを中心に保育施設の建設や教育活動が活発となり、市民運動と教育者の一連の教育活動によって、徐々に世界にその名が広まりました。
 

子どもたち一人一人の成長を見守ってくれる保育園

左:エミリアプリスクール代表の山東さん 右:同保育園の保育士の平野さん

ー ウッディプッディの進藤と申します。本日はよろしくお願いします。
 
山東さん平野さん(以下敬称略) よろしくお願いします。
 
 
- こちらの「エミリアプリスクール」では、レッジョエミリアアプローチの考えを主軸とした保育園と伺いましたが、まずはそちらについて伺ってもよろしいですか?
 
平野 まず、「レッジョエミリアアプローチ」は1950~60年代のイタリア北部の街で生まれた教育アプローチで、「子どもには一人一人違う考え方がある」という意識を大切にしています。私たちは、そんなレッジョエミリアアプローチの精神に基づいて、子どもたちがそれぞれどんなことを大切にしているかを観察し、一人一人違ったアプローチで個性を育むサポートをしています。
 
 例えばある日のお絵かきの時間、「こんこんこん」とクレパスを紙に打ち付けて点を描く子がいたのですが、次第にその「音」に好奇心を抱いたようで、クレパス以外のものの音を鳴らし始めました。
 
 一般的にはここで「席に戻ってみんなとお絵描きしようね」と行動を修正しがちです。しかしここではむしろ逆で、先生が他に音のなるものを探してその子の近くに置いてみたり、「違う音がするね」と声かけをしたり、その子の好奇心に先生が寄り添う形で遊びの発展をサポートします。
 
 
ー 他の子どもたちとは、違うことをしてもいいんですか?
 
山東 国籍にかかわらず、そもそも人はみんな違う考えを持って生きています。たとえ、0歳や1歳といった生まれたばかりの子どもだってそう。そんな、一人一人違う子どもたちの個性を伸ばすサポートをするため、ここでは子どもたちの様子をしっかりと観察しています。
 
 
ー 子どもたち一人一人を観察するには、少人数の先生では難しいですよね。そこはどうされていますか?
 
平野 ここは一般的な保育施設と比べて、子ども一人当たりに対応する先生の人数が多いんです。なので、子どもたちに合わせた柔軟な対応が可能です。決められたカリキュラムをこなすのではなく、その時々の反応を見て、渡すおもちゃを変えたり、声掛けの内容やタイミングを変えたりと、常に流動的に動いています。
 

エミリアプリスクールの日常風景。どの子にも隣では先生が見守ってくれています。

ー 人数が多いとは言え、子どもたちをずっと観察するのは大変ではないですか?
 
山東 う~ん…大変かなぁ?全然そんなふうに感じたことはないですね。平野先生はどう?
 
平野 そういった感覚は全然ありませんね(笑)  むしろ子どもたち一人一人に十分な時間を使えるので、保育士としてしっかりと成長を見守れることがとっても嬉しいです。
 

ビニール袋も落ち葉も、子どもにとっては立派な教材

窓際にあるビニール袋。初めに見た時は「なんだろう?」と思いました。

― こちらの部屋に入った時から気になっていたのですが、この部屋にはいくつかレジ袋が干してありますよね。これは何でしょうか?
 
山東 子どもたちが喜んで遊ぶので置いてるんです。かしゃかしゃと擦れる音、ふわふわとゆっくり落ちる様子、どれも大人からすれば退屈に見えるかもしれません。ですが、子どもたちにとっては新しい発見なので、興奮して楽しく遊んでいます。
 
子どもの独創性を伸ばす「自由な芸術活動」は、レッジョエミリアアプローチにおいて大切な要素の一つ。その子が何に好奇心を抱いているかが重要なので、使うものはなんでもアリなんです。

 
― その子の興味次第、ということですか?
 
山東 ええ。特に、お散歩に出かけたときに目に入る自然の素材は全てがそうです。道端に落ちている葉っぱ、花、石、枝、虫など、子どもが興味をそそられるものであれば、環境そのものが「教材」です。
 
 先ほどのクレパスの例と同様、同じものでも子どもによって注目するポイントは様々です。葉っぱの「数」に興味を持つ子もいれば、「色」に興味を持つ子もいる。「この子は葉っぱの色に興味を示してるなぁ」と感じたら、さりげなく別の色の葉っぱを近くに置いてみる。すると、「あ、同じ色!違う色もある!」と、自分で発見できたという喜びに満ち溢れ、とても楽しそうな様子を見せてくれます。

 
 遊ぶものが重要なのではなく、それを通して子どもがどんなことに興味を持ったか、なにを発見したかが大切なんです。レッジョエミリアアプローチにおける私たち保育士の役割は、子どもたちの様子をしっかりと観察し、その感性を広げるための手助けをする「仕掛け人」です。そのためには、私たち大人も、小さなことに気づく感性が必要です。
 

気持ちを尊重された子どもは、他人の気持ちを尊重できる子どもになる

― エミリアプリスクールの子どもたちは、普段どんな様子で過ごしていますか?
 
平野 この園で過ごす子どもたちは、自分で発見したり考えて行動することを心から楽しんでいるように見えます。2歳頃になって徐々におしゃべりができるようになると「ご飯の時間だけど、もうちょっとだけ遊んでもいい?」と、自分の考えをはっきりと伝えることができます。
 
 さらに年齢を重ねると「私はこれが好きだけど、○○ちゃんはこっちの方が好きだと思う!」と、自分の主張に加えて、他の子の個性を認識している様子もうかがえます。
 
 
― なんだか、2〜3歳にしてはとても大人びていますね。
 
平野 ここでの生活は「みんな一緒が当たり前」ではなく、「みんな違ってて当たり前」なんです。もちろんケンカやモノの取り合いをすることもありますが、それはあくまで成長の表れです。
 
 それぞれの個性を認められて過ごすうちに、自分の意見を伝えてくれますし、子どもたちも相互の違いを楽しめるようになります。
 
 
― 子どもたちに対して「こうしなさい!」と指示することはありますか?
 
平野 身の危険に直結することを除けば、基本的には子ども自身が答えを見つけるまで待つ姿勢を大切にしています。例えば、鼻水が垂れている子どもがいるとき「ティッシュとっておいで」と伝えると、ティッシュペーパーを持ってくる子もいれば、紙質の硬いハンドペーパーを持ってくる子もいます。
 
 ここで「それは違うよ」と教えたくなりますが、そこをグッとこらえて少し待ってみます。すると、子どもなりに不快感や違和感を感じる様子を見せる時があります。そんな時に「それ、いつものティッシュよりちょっと固くない?」と、ヒントを出してあげるんです。
 
 
─ 正解を教えるのではなく、あくまで子どもが気づくことを待つということですか?
 
山東 「これがティッシュだよ」と渡して正解を教えてしまうのは簡単なことです。ただ、それだと学びも浅く、子ども自身も達成感も感じないでしょう。自分の判断で行動し、違和感を感じ、再度チャレンジする。そこで成功した時は「できたね〜!」と褒めてあげると、子どもたちも徐々に自分に自信を持ってくれるんです。
 
 「教える」ではなく「導く」というイメージですね。「痛くない?もっとやわらかいものあるかもよ?」など、あくまで私たちはサポートに徹し、正解には自分の力でたどり着かせる。その方が、結果としてしっかり覚えてくれるんです。
 
 
─ 早く答えを教えたくてうずうずしたり、じれったくなる時はありませんか?
 
山東 答えを知っている大人にとって、見守る時間が焦ったいのは当然です。ですが、頭ごなしに「これはこういうものなの!」と教えられたところで、何も知らない子どもにとって理解につながるはずがありません。
 
 子どもが自分の考えを持って行動するためには、まずその子が納得できるように向き合い、対話していくことが大切です。
 

エミリアプリスクールのコンセプトは「子ども達の力を信じて!」

平野 子どもの力を信じて待つこと、納得できるまでサポートすることは、レッジョエミリアアプローチの「ひとりひとりの個性を大切にする」という点に繋がると思っています。

山東 大切なのは、子ども自身の気持ちを蔑ろにしないことです。そして、自分の気持ちを尊重してもらえたという経験は、やがて他の人の気持ちや、自分とは異なる価値観を尊重する気持ちに繋がります。

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